9月16日(水)
今日は、予てからの約束どおり、清水さんのデッサンをする日だ。 六日のこと。 「清水さん、じゃあ、どういう風に描けばいいかな?」 「私、バイクに乗っているトコ、描いて欲しいの。できそう?」 「いいけど、清水さん、バイク乗るんだ、すごいね。」 「それにね、一緒に入れて欲しいものが、あるんだけれど。」 「何?」 「自由の女神!」 「えっ!?」 「NYのじゃなくて、この間、お台場に来た自由の女神。小林君、知らないの?」 「へえ〜、ちっとも知らなかった。面白そう。でも、どうやって行くの?」 「それは、私のバイクで行くに決まっているでしょ?小林君は、まだ、免許取ってないんでしょ?メット2つあるから、お台場までは、私が乗せて行ってあげるから、絵の方、よろしくね!」 当日午後1時、甲州街道沿いのモスバーガー前で待ち合わせすることになった。格好は、特に気取らず普段のままだ。自然な姿を見てもらいたかったからだ。バッグに、筆記用具、画用紙、カメラを入れ、甲州街道へと向った。まだ、何も付き合っているわけでもないのに、ヒロキは勝手な期待をして、デートの待ち合わせに向っているような錯覚を覚えた。終始、胸の鼓動は、高くなりっぱなしだ。 甲州街道の横断歩道を渡ると、清水さんは、先に着いていて、手を振って合図してくれた。ライダーらしく革のスーツ姿である。 「ゴメンね、待たしちゃった?」 「ううん、いいのよ。私もさっき、着いたばかりだから。ハイ、小林君のメット。」 初めてのメット装着に戸惑いを隠せない。 「清水さん、悪いんだけれど、これ、どうするの?」言ってはみたものの、非常に格好の悪さを覚えた。すると、清水さんは、メットをシートから降り、ヒロキの方に歩み寄った。 「ここをね、こういう風に回して、カチッとこうよ。解った?」実際に、メットを被せてくれた清水さんの顔面が、ヒロキの鼻先をかすめる。すごく騰がってしまった。赤くなってなければいいのだが、下を向くと、今度は、ふくよかな彼女の胸に目が当った。終始、目のやり場に困惑するヒロキ。だが、ここに、その様子を一部始終伺っている者がいた。 「おい、おまえら、こんな所でいちゃついてんじゃねえよ!通行の邪魔なんだよ!こんなところにバイク停められちゃ。」 突如、横から現れた、見るからに凶暴そうなおじさん。 「なんだ、このオヤジ。せっかくの二人の楽しい時間にケチつけやがって、一体、何者だ。」 ヒロキは、一蹴しようとしたが、今は、もめている場合じゃない。こんなつまらないせめぎ合いで、今という貴重な時間を削る訳にはいかなかった。 「すみません。すぐ、出ます。行こう、清水さん。」 「そうね。片手は後ろのここ、もう片手で前のここに捉まって。あと、カーブの時は、私と同じ方向に身体を傾けてくれない?そうしないと、曲がりにくいから。」 「解った。それじゃ、お台場までよろしくね。」掴まるなら、彼女の背中が良かったと、まんざら思わないわけでもなかった。バックミラーに映った先ほどのオジサンが、「俺がいたの分かっていた。」とでも言いたげな顔して呆気に取られてた。 「一昨日来やがれ、くそオヤジ。」 様々な形のビルディングを通り抜け、しばらくすると、かすかに潮の香りが漂ってきた。はるか遠くに、あの球体のフジテレビが見える。TVで見るのと、実際に目の当たりにするのとでは、迫力が違う。人目のつかない路上にバイクを停めると、早速、二人で自由の女神像へと向かう。果たして、湾岸には、本当にミニサイズの自由の女神像があった。 「おおー、すげえ。本物っぽい。」 「ねえ、小林君。せっかくだから、二人で自由の女神入れて、記念撮影してみない?」 「そうだね、上手く撮れたら、二人でNY行ってきたって、吹けるね。」 清水さんとツーショット写真撮れるなんて、嬉しい誤算だ。でも、たった一度きりの撮影。失敗は許されない。許されよう筈がない。辺りには、家族連れ、カップル、様々な人がいたが、中でも目に付いたのは、三脚を持ったおばちゃん。写真もきっと、上手く撮ってくれるに違いない。 「あの、すみません。シャッター押してもらえませんか?」 「ああー、はい、いいですよ。」 「じゃ、像がバックに入るようにお願いします。」 「はい、分りました。いきますよー。」 すぐ隣には、清水さんがいる。肩に手を置くか、否か葛藤している内に、 「はーい、チーズ。」 待って、おばちゃん!結局、中途半端で、ぎこちない格好になってしまった。いざとなると、男は、意気地がない。その後、スケッチに取り掛かろうとしたが、いかんせん、人が多く、スケッチどころでは、なかった。今日のお台場は、ドッと混んでいた。 「何か、落ち着かないね。今日のところは、写真だけ撮って、後で合成させよう。」 「そうね。じゃ、せっかくだから、これからお台場見学でもする?」 「そうしよっか。」 清水さんとお台場デート。なんとも嬉しい誤算に胸膨らんだ。かくも神様というのが存在するならば、なんてヒロキ思いなんだ。近くの売店でソフトクリームを買い、見晴らしの良いベンチに腰を下ろした。そのベンチが、埃を被っているのを見兼ねたヒロキは、素早くバッグから小さいタオルを取り出し、上に敷いてみた。 「どうぞ、清水さん。」 「ありがと〜、小林君。気が利くね。このために持ってきたの、そのタオル。」 「備えあれば、何とやらって言うじゃん。」 二人の距離が、また少し、縮まった気がした。会話もどんどん弾んできた。清水さんは、思ったとおり、素晴らしい人格の持ち主であった。目標意識があり、それ故、向上心がある。もし、こんな女性が彼女だったら、ヒロキは幾度となく思った。 辺りが、段々、薄暗くなってきた頃、近くのビルの最上階にあるレストランで夕食を採ることにした。ウェイターが案内してくれたのは、窓際でお台場が一望できた。 「いい席だね、清水さん。」 「本当。見て、小林君。あれが、レインボーブリッジよ。もう少し暗くなったら、7色に光るの。」 「へ〜、そうなんだ。名前通りジャン。早く、見てみたいな。」 「もうじき、光るわよ、きっと。」 様々な、お洒落な料理が運ばれてきた。本来の目的は果たせなかったけれど、それ以上の成果があった。清水さんも、楽しんでくれている様子だ。 「食事済んだら、海の近くを散歩してみない?」ヒロキは、大胆にも彼女を誘ってみた。 「そうね。そうしましょ。」 食後、海岸沿いを二人で歩いていた。 「少し、ここで休憩しようか?」 「うん、私、少し歩き疲れちゃった。」 きれいな芝生のある広場に腰を落とすと、すっかり暗くなった夜空を見上げた。澄んだ空気に、満天の星。周囲には、たくさんのカップルがいた。夜のデートスポットとしては、超名所だから、仕様がないが人目もはばからずとは、まさに、このことだった。 「あっ、見て、小林君。」 突如、叫ぶユキエの指し示す方向に目をやると、それは、七色に光り輝く、レインボーブリッチ。 「おお!綺麗だね。俺、初めて見た。」 「ねえ、きれいでしょう。」 ヒロキの手が、彼女に触れているのに、気が付くことはなかった。お台場の夜景は、まさにマジックだ。 「清水さん、俺、今日初めてお台場来たけれど、すごく楽しかったよ。ありがとう。」 「私も、楽しかったよ。」 さらに、金太郎飴のような人形などが、目を楽しませてくれた。でも、ここに来て、ヒロキにはどうしても言いたいセリフがあった。 「ねえ、清水さん。」 「なあに?」 「その、腕、組んでみない?」 「フフッ、いいわよ。」 ヒロキが恥ずかしがっているのを察すると、彼女はヒロキをからかうように、ぐいっと腕を回してきた。 「清水さん、最近は、どんなことしているの?」 「そうねえ、前まで、学生時代の友達とよく、遊んでいたんだけど、社会人になってから、皆、忙しくなって、コンタクト取れなくなっちゃったの。」 「それは、大変だね。コンタクトは、毎日、とらないと。ちゃんと洗浄してる?」 「もう、本当、面白いのね、小林君って。」
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