10月19日(月)
セブン・イレブンでデートバイブル「東京ウォーカー」を購入した。勿論、清水さんをデートに誘うためだ。シティ情報誌を買うこと自体、初めての体験である。行った先々で目的を探していた今までとは違う。彼女のために、未来を自ら指定し、一糸乱れぬ道へと導くことで頼りがいと信頼を獲得するという、ヒロキにとって、全く新しい概念が生まれたのだ。 すると、『ラッセン来日展』という催しの記事を発見した。海洋の構図を基盤として、夢の世界のような美しい構図だ。これなら、清水さんも満足してくれるに違いない。決定!今日の目的地、新宿。 当日、午前十時三十分、大学の一時限目の講義を受け終えると、早速、清水さんに連絡をとる。 「もしもし、小林ですけど。今日、清水さん、非番だったよね。これから、新宿で会わない?いい。それじゃ、西口で、十一時半で。」 大学を出て、小田急線は、経堂駅から新宿に向かって出発した。各駅停車から下北沢で急行に乗り換え、待ち合わせ時間のギリギリで新宿駅西口に到着した。慌てて駆けつけたのだが、まだ、清水さんは来ていない様子だ。おかしい、あの時間に忠実な清水さんが、遅刻するなんて。携帯に連絡してみる。 「もしもし、もう着いたんだけれど、清水さん、今、どこいる?えっ、もう着いてる?」 辺りを見渡すが、影も形もない。 「俺も今、西口だよ。」そこで、ピーンときた。 「俺さ、小田急線の西口にいるんだ。実は。」 「えっ、何で?私、今、京王線の出口にいるよ。待ってて、今、そっち行くから。」ズバリ予想的中だ。彼女には、大学の講義があったことを知らせていなかった。 「なんで、小田急線なの?」 「今日、講義があって、家に帰らず直、来たんだ。ほら、農大って経堂の近くジャン。それよりさ、今日は、クリスチャン・リース・ラッセンっていう画家の絵を鑑賞したいんだけれど、付き合ってくれる?」 「ええ、いいわよ。どこで、やっているの?」 「新宿エルタワーって所。ああ、あそこの高いビルだ。」東京ウォーカーから破ってきた地図をポケットから取り出し、エルタワーに向う。平日の昼間というのに新宿の街は、人に溢れていた。会場には、期待以上に素晴らしい絵画が、目を楽しませてくれた。特に、イルカの表情が生き生きとしていて、タッチも人間業とは思えない。 「私、この絵が好き!」彼女が指したのは、イルカと共に、戯れている人魚の構図だった。この人魚に清水さんを重ねてみると、そこには桃源郷が広がった。 「清水さんの絵も、こんな風に描いてみたいな。」 「あ、そうそう。綺麗に描いてね、小林画伯。」 「うん、もう少しで仕上げだ。」 ひとしきり鑑賞すると、エルタワーを後にした。 「すごく、綺麗な絵だったね。ポスターももらえたし、来た甲斐あったね。」 新宿駅に向かいながら、感想発表会をする。この後、必修の講義があるので、また、大学に戻らなければならない。彼女は、小田急線の改札口前まで、見送りに来てくれた。そして、彼女から、我が耳を疑ってしまいそうな発言を聞いた。 「ヒロキ!午後の講義、頑張ってね!」 彼女が、初めて、名前で呼んでくれた。たった、それだけのことなのに、この気持ちの高ぶりは、どうだ。胸が、激しく鼓動し、身体の芯から熱くなった。 「うん、ありがとう。清水さん。」 実は、名前で答えたかった。でも、恥じらいからか、急にそうする事は、できなかった。大学の講義の間もずっと、ヒロキの胸の鼓動は、大きく鳴り放しだった。
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