11月5日(木)
これまでのデートは、映画に行ったり食事に行ったり、服を買ったりとやたらと浪費し過ぎだ。だから、今度は、なるべく、お金を使わないローコストデートをしたい。夜、十時、ユキエに連絡をとる。 「もしもし、ユキエ。明日は、仕事ないんだっけ?だったらさ、天気が良かったら、二人で砧公園でピクニックしない?弁当作ってさ。」 「いいわね。でも、お弁当作るんだったら、今晩中に仕込みしておかなきゃ、間に合わないわよ。」 「う〜ん、そうかあ。もう、十時だし、八百屋もスーパーも閉店しているから無理だね。」 「あっ、でも、ドンキ(ドン・キホーテ)だったら、明け方4時まで空いているよ。今から、材料買いに行こうか。」 「えっ、これから?」 「そうよ、明日行くんでしょ?」ユキエの行動力には、いつも、驚かされる。でも、これも、ユキエの魅力の一つだ。 「じゃ、ドンキの前で、待ち合わせしよう。」 「分ったわ。」 一時間後、二人で買い物カゴを下げて、食品売り場を廻る。同棲カップルのような気分がしないわけではなかった。気持ちが、高揚する。 「何、作ろうか?」 「そうねえ、アスパラガスのベーコン巻きと、温野菜に、ソーセージ、お米は、ヒロキんちある?」 「うん、あるよ。」 「それで、オニギリ作って、あと、デザートにフルーツ買おうか。」 「いいんじゃない。」 「ヒロキ、おかずは私が作ってくるから、おにぎり作ってくれない?」 「オッケー。ユキエは、三角派?丸派?」 「三角かな。大丈夫?作れる?ヒロキ。」 「まかせて。明日、9時頃、ウチに来て。じゃーね、おやすみ。」 「うん、おやすみ。」時は、もう0時過ぎ。明日のために、今晩は早く眠ろう。 翌朝、六時。さっさと起きて、おにぎり作りに励む。具は、梅干に鮭。形は、リクエスト通り三角形だが、中々、難しい。不細工ながら、なんとか三角形に仕上げた。10個ほど作り終えると、ユキエが来るのを待つばかり。午前、8時50分。部屋の外から、クラクションが2回鳴った。窓を開けると、そこには、ユキエが待っていた。 「おはよ〜。」さわやかな天気に、ユキエの明るい挨拶。今日も、楽しくなりそうな予感がする。 「あっ、待ってて。今、そっち出るから。」リュックにおにぎり、サッカーボールを入れ、表に廻る。 「おまた!」 「おかず、作ってきたよ。ヒロキは、おにぎり作ってきた?」 「まあ、味は保証できないけれど。」 また、後部座席に乗る。早く、免許取って、ユキエを送り迎え出来るようにしたいところだ。 「じゃ、行くわよ。ちゃんと、掴まっていてね。」水道道路から、環八に抜け、砧公園へと向かう。また、男性助手席バージョン視線を嫌というほど感じるのである。もう、慣れては来たが。目的地、砧公園に着くなり、日当たりの良い場所を選んで、シーツを敷く。 「ちょっと、早いけれど、お昼にしましょ。ヒロキのおにぎり、早く、見せて。」 「先に言っておくけれど、見栄えは、良くないよ。」 「言い訳は、いいから、早く!」 「なんだよ、ユキエだって。」 「じゃ、いくわよ。いっせーの、さん!」二人の弁当箱が開かれた。すると、ユキエが叫ぶ。 「ちょっと、おいしそうじゃなーい。」 「ユキエの料理も目茶苦茶、うまそうだぜ。食べていい?」 「どうぞ、召し上がれ。」さすが、と言うか、やはり、ユキエの手料理の味は、完全無欠だ。ヒロキのおにぎりは、果たしてどうか? 「おいしーい。よく、できているよ。ヒロキ。」 「マジっすか?良かった。」早起きして作った甲斐があった。 食後、当初の予定通り費用を抑えた昼食を終え、持ってきたサッカーボールを使って、遊ぶことにした。 「ユキエは、サッカーあんまりやったことないんだよね。」 「そうなの。前は、ソフトやっていたんだけれどね。」 「じゃ、今日は、俺がレッスンしてあげようか。」 「はい、先生!お願いしまーす。」 「それじゃ、先ず、インサイドパスの練習から。足の内側を使って、相手に正確なパスを送るんだ。いい?見てて。」 晴天の青空の下、悠々と広がる芝のジュータンの上で、ユキエは、着実に上手になっていった。ジムのインストラクターをしているだけあり、覚えも早かった。 「うまいよ、ユキエ。」 「本当!やったー。」両の手を空に挙げ、無邪気に喜ぶユキエ。いつの間にか、サッカーに夢中になっていた。 「やってみると、サッカーって面白いね。」自分の大好きなサッカーをユキエも好きになってくれたのが、なぜか非常に嬉しく感じる。そうこう、している内に、あっという間に日が暮れていた。 「そろそろ、引き上げようか?」 「そうね。もう、こんなに暗くなってたんだ。」 「俺のマンションの近くで、ラーメン食べて行かない?」 「いいわね。私、もう、お腹ペコペコ。」 その後、ユキエと、また、部屋に戻り、恒例のおしゃべりをしていた。今日起きた事、最近の話題、何でも後から後から話題は尽きない。こんなに自分とピッタリ合う女性は、もう、ユキエ以外にいない。ヒロキは段々、胸の内に秘めた思いを隠し切れずには、いられなくなってきた。この気持ちを、何とかして、伝えたい! 時計の針は、午後十一時を廻ろうとしていた。いつの間にか話題も尽いてきて、この閉ざされた空間に神妙な空気が流れてきた。 「そういえば、今日、お兄さんは?」 「ん、多分、打ちに行っているんじゃないかな?」 「そっか、お兄さん、麻雀やってるんだ。」 「うん。まあね。」 「・・・・・・・。」 「・・・・。」 「あっ、私、そろそろ、帰るね。」 「えっ!」しまった。もう、そんな時間か。この想い、また、ユキエに届けることができないのか。嫌だ。もう、これ以上、引き伸ばしたくない。バッグを持ち、立ち上がろうとしたユキエにすがるように、ヒロキは、ありったけの勇気を出して叫んだ。 「ユキエ、待って。」 「ん?なあに?」 振り返るユキエを、真正面から見ると、それまで考えていたことが、一瞬のうちにカラッポになった。 「あっ、いや、その、本当、突然でこんなこと言うのも、なんだけれどさっ。」 「何よ〜。どうしたの?」それでも、後押しされる、形容し難い力で、必至に続ける。 「実は、俺、最初にユキエをジムで見たときから、ずっと、ユキエのことが気になっていた。それで、その後色々、二人で話したじゃん。それでさ、思ったんだよね。俺、ユキエのこと、メチャクチャ好きなんだって。」 不思議なものだ。カラッポの頭で言う方が、自分の気持ちが、素直に出てくる。恐らく、先ほどまで考えていたシナリオとは、全然違うことをしゃべっているに違いないのに。 玄関前で立ち止まったまま、静かに時だけが、動いていた。ユキエは、少し、うつむいたまま終始、無言だった。一体、ユキエの、この反応は、何を示しているのだろうか?ユキエは、一体、今何を考えているのだろうか?答えを聞く前に耐え難くなったヒロキをようやく察したか、 「明日、また、電話するね。バイバイ、ヒロキ。」笑顔でそう、言い残し、ユキエは、さっそうと玄関から出て行った。追いかけることは、できなかったヒロキは、しばし、玄関前で立ち尽くしていた。 明くる日、突如ユキエから電話が鳴った。 「昨晩、ごめん。何も言わずに帰っちゃって。私、ビックリしちゃって。でね、何て答えたらいいのか、解らなくなっちゃって。だから、今、言うね。私、実は、とっても嬉しかったの。だから、昨日は何も言えなかったんだと思う。私も、ヒロキの誠実なところとか、大好きよ。」 この地球上に、新しいカップルが誕生した瞬間であった。
後編につづく(近日公開予定。お楽しみに!)
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