Section12 二人だけのハチコウ



十一月十一日(水)

 ユキエとの交際が始まってからも、ヒロキは、スポーツジムに通い続けていた。
「いらっしゃい。」ヒロキに気がつくと、ユキエは、笑顔で挨拶してくれた。勿論、二人の関係は、特に、このジム内においては極秘だった。もし、この秘密が外部に漏れでもしたら、ユキエは職を追われかねない。だから、親密になってしまうのを意図的に避けてしまう。普段なら、挨拶だけで会話が途切れることなどあり得ないのだけれど。ユキエの態度も、どこかしらよそよそしい。
「どう、小林君。最近の調子は。」ユキエめ、名役者だな。
「清水さん、この器具の使い方がよく分らないんだけれど、どうすれば良いのかな。」ユキエが、フッと微笑む。
「私が、実際にやって見せますので、よく見ててください。どうですか、解りました?」
「あ〜、はいはい。分りました。ありがとうございます。」急に、他人を演出するのも異様な感覚だ。あんなことがあったのに、まるで、全てを白紙に戻してしまったのでないか、と恐くもなる。ユキエが、再び巡回に廻っていると、後ろから話し声が聞こえた。二十代前半くらいの男性二人組みだ。
「おい、清水さん、来ているぜ。」
「ああ、いいなあ。」
「俺、清水さん見に、ここ、来ているようなもんだぜ。」
「ああ、あとはイモばっかりだしな。く〜、今日もカワイイ。」
 自分のユキエを汚すような発言に、一時、ムッとなった、と同時に優越感が湧いた。無駄だよ、ユキエは、俺と付き合っているんだからな、と声高に言いたいのを、ヒロキはグッとかみ締めた。
 午後十時半、ユキエの仕事が終わると、スカイラークで夕食を摂りながら、待ち合わせ場所について、話し合った。
「今日のユキエ、マジ、ウケた。」
「ヒロキだって。なに、あれ。でも、絶対に内緒よ、このことは。」
「分っているって。それよりさ、早く、待ち合わせ指定場所、決めようぜ。なんか、丁度良い場所、ないかな?」
「そうねえ、私んちとヒロキんちから同じくらいの場所でしょ?どこら辺かしら?」
「う〜ん。」話は、一向に進まない。そうこうしている内に料理が運ばれ、食後に考えることにした。
「ユキエ、今、ポイント幾つ?」
「まだ、8ポイント。」
 このポイントというのは、スカイラークの景品目当てで、ユキエが集め出したもので、五百円で1ポイント。目標は、二百ポイントの望遠鏡だ。
「あと、約十万円だね。頑張って食べようね。」ユキエは本気で望遠鏡が欲しいらしい。これから食事する時は、毎回、スカイラークに食べに来るのか。
「話、戻すけれど、どこがいいと思う?ヒロキ。」
「だからさ〜、多分、環八のどっかじゃない?」
「そうね〜、じゃあ、環八のどの辺にしようかしら?」
「う〜ん。」
 中々、話が進行しない。食事もそろそろ終り、食後のコーヒーを嗜んでいると、フッとアイディアが思い浮かんだ。
「そうだ。甲州街道と環八の交差点辺りがいいんじゃない?大体、中間だし、分り易いじゃん。」
「そうね。いいかもね。そうしましょうか。それじゃ、ヒロキの家から近い方の角にしましょ。」
「決定だね、これからは、え〜と、環八と甲州街道の交差点だから、八甲で待ち合わせってことで。」
「えっ、ハチコウ?」ユキエが吹き出した。直後、その意味が解った。
「いや、渋谷じゃなくて。」
「フフフフ、解っているわよ。」
 涙目で、また、ヒロキをからかうように微笑むユキエが憎らしいくらい、可愛かった。
「これからは、俺達だけのハチコウだよ!」
「そうね、私たちだけのネ。」


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